33回目の独立記念日
僕がコピーライターとして独立したのは33年前の今日のこと。その頃、バブルは弾けてしまった後で、どこかに仕事のあてがあったわけでもなくて。強い決心でというよりは流れるまま、流されるままのタイミングで、アシスタントとしての修業生活を卒業してフリーになりました。最初の事務所は、港区の高輪。というと始まりから順調そうですが、学生時代にアルバイトをしていた青山三丁目にあった伝説の喫茶店「レオン」で出会ったご縁から、ファッション業界で活躍していた兄貴分のタカオちゃんの事務所に間借りをさせてもらってのスタートでした。まだ白金高輪の駅ができる前のことで、通勤は渋谷からの都バスで。四畳半の和室に、ちゃぶ台ひとつだけ。本当の話です。笑
それから何回もの引っ越しを重ねて、3年半前からは鎌倉を拠点とすることに。自分でも不思議です。よくもまあ33年もフリーでやってこられたなあというのが正直な気持ちですが、その理由は、ただ運と縁のおかげとしか言えません。謙遜でも何でもなく、ただ運と縁のおかげとしか言えません。これも本当の話です。笑
1997年には東京コピーライターズクラブ(通称:TCC)の新人賞をいただいて念願の会員になれたのですが、その年の受賞者は41名。当時のコピー年鑑を見直してみると(株)電通や(株)博報堂や(株)リクルートという大きな会社に勤務されている皆さんの中で、フリーは僕ひとりだけ。まだ個人事業主の後藤事務所という屋号でしたので、そこには(株)も(有)も付いていませんでした。すみません、これは小さな自慢です。笑
広告制作の仕事をしながら、鎌倉で小さな喫茶ギャラリー「アピスとドライブ」を始めたり、オンラインストアも始めたり、お誘いを受けた13年前からは大学の客員教授として学生たちに教えたりと、自分はフリーのコピーライターである以上に、フリーでいることそのものを楽しみたいのかもしれないなあと思っています。もちろんフリーでいるからには常に不安定と隣り合わせですから、多少の強がりも含めての「楽しみたい」ではあるのですが。笑
さて、上の写真は鎌倉・佐助で出会ったフクロウです。長く住まわれている地元の人たちが「声は聞こえるけど、姿は見たことないのよ」と言われる中、鎌倉に拠点を移してから1年半くらいの時に(まだ一度だけですが)出会えた奇跡のフクロウ。このことからも今回の「運と縁のおかげとしか言えません」というお話を、少しは信じてもらえるのではないしょうか。ちなみにフクロウは、うちのお店「アピスとドライブ」のロゴマークにもなっています。源頼朝の時代から鎌倉の隠れ里と呼ばれてきた静かな佐助で、お待ちしていますね。(店主:後藤国弘)
