不毛な会話
以前に事務所を構えていた都内の某所に、長いこと通っていた小さな理髪店があります。その佇まいが大好きで、鎌倉に拠点を移してからも仕事や用事に合わせて予約を入れて、時々お世話になっています。まわりからは「どこを切るの?」と突っ込まれている毛量ではありますが、お気に入りの理髪店というのは、ただ髪の毛を切るだけの場所ではないことは理解していただけるのではないでしょうか。
年が明けてから、先日もその理髪店に行ってきました。僕は2ミリのバリカンで頭髪と髭を整えてもらうのですが、その際に「いつも通りで、いいですか?」「はい。」という、お決まりのやり取りがあります。毎回です。伸ばした髪をバッサリ切ったり、あるいはパーマをかけたり金髪にしたりと思いきったことができる毛量や髪型の人間だったら分かるのですが。どこからどう見ても、いつも通りにするしかない毛量と髪型のお客と理容師との間で交わされる「いつも通りで、いいですか?」「はい。」これぞ、まさしく不毛な会話です。不毛の語源は、土地がやせていて草木が育たないということから来ているそうで、時間や労力を費やしても意味がないというニュアンスで使われていますよね。それにしても「不毛」って、かなり残念な感じです 笑。
それでも例の理髪店で、もしこの不毛な会話がなかったらどうなるんだろうと考えてみます。無言で椅子に座る僕と、無言でバリカンを持つ理容師と。数秒の沈黙の中に、妙な気まずさが広がりそうです。小さな空間ですから尚更です。「いつも通りで、いいですか?」「はい。」その不毛な会話は、お互いの中にある信頼感を敢えて確認するための儀式のようなものではないでしょうか。いいえ、そんな大したものではないですね 笑。でも、そんなちょっとしたやり取りが絶妙な安心感をくれるのです。それぞれの心を、ゆるやかにほどいてくれるのです。喫茶ギャラリーといううちのお店でも、そんな不毛かもしれない会話も大切にできるといいなあと思うのでした。効率ばかりが求められるこの時代に、不毛かもしれない時間を楽しめたら素敵ですよね。(店主:後藤国弘)
