あの日から十五年になります。2011年3月11日、僕は東京・神宮前の事務所にいました。ものすごい揺れが治まった後で外に飛び出ると、当時たまたま近所にあった空地で大勢の人が肩を寄せ合って固まっていました。その様子を見ただけで、これまでに感じたことのない不安に包まれたことを覚えています。その後でテレビで見る津波が、まさかあれほど巨大なものになるとは思ってもいませんでしたが。

それから一ヶ月後、震災以前からつながりのあった石巻の缶詰工場をはじめ、さまざまなご縁が重なり、僕は現地へと通うようになります。宮城で、福島で、岩手で、いろいろな人と出会いました。いろいろな事を体験しました。海に流されてしまったたくさんの命のことを想いながら、人間って凄いと思えることも多かったです。でも逆に、人間ってどうしようもないと思えることも、とても多かったです。もちろん、僕自身のことも含めてですが。

強く印象に残っていることがあります。その翌年、震災から一年になる3月11日が近づいてきた日のことです。東北に通いつづけるようになって、コピーライターという自分の仕事を通して(恥ずかしながら「プロボノ」という言葉も、それまでは知りませんでした)微力ながらもお手伝いできることが広がってきて。だから、その日も僕は当然のように現地に行って、自分にできることをしたいと思っていました。そんな気持ちを見透かされたように、町ごと流されてしまった地で暮らす友人から、こう言われたのです。「後藤さん、3月11日は、こっちに来なくていいからね。自分の居場所にいて、近くにいる大切な人を、大切に想って過ごす日にしてね。」

この言葉は、心の奥に刺さりました。そして、その後の3月11日の過ごし方だけでなく、僕と東北の友人たちの関係性の根本にもなってくれました。現地の人たちは、その日を静かな祈りの日にしたいと思っている。大切な人を想い、大切な人と過ごす時間にしたいと思っている。考えてみたら、それはとてもあたりまえのことなのですが。東北に通うことが増えるにつれて、現地の人たちとの仲が深まるにつれて、もっと何か役に立ちたい、立てるはずだと思う自分が前に出てきて、本末転倒になりそうだったのです。その場所で生きている皆さんの気持ちより大切なものはないはずなのに、ダメですね。全くですね。

今年も3月11日が近づくとマスコミは現地に入り、震災を忘れないで伝えていこうという報道を続けています。そのニュースを見ながら、僕にとって今ではただの大好きな友人になってくれた東北のみんなとの、ささやかなつながりを普段から愛おしく感じていたい。それだけを願うのでした。今日は、静かに祈りの日です。自分の居場所にいて、近くにいる大切な人を、大切に想って過ごす日ですね。(店主:後藤国弘)

3月 11, 2026 — 後藤国弘